中山道

2008/7月12日 軽井沢~坂本(JR横川)その2

Dsc01183jpg2 気をつけて歩いていたが、2度目のポコッ。また、捻挫をしてしまった。今度はひょっとして折れたか?歩けない。15分ほど休憩して歩き出す。下っていかないことにはどうもならない。びっこをひき、休み休み、坂本宿に着く。(1:20)川で足を冷やすがくるぶしが腫れている。もうそんなに歩けない。一番近い横川駅まで約3kmほど。

Dsc01185jpg_2 坂本宿
宿の中を旧18号線が通っているので道は広い。脇本陣、永井と標識が掛かっているが、建物はそんなに古くはないようだ。静かな宿場だ。信越自動車道の下をくぐり、旧国道から左に入り、薬師坂を下り、また旧国道に出るが、ここでバイパスといっしょになります。横川駅が近くなってくるとトロッコ列車が走ってくるのが見えた。後で聞くところによると旧の線路を使って温泉施設まで行っているようです。やっと、もう駅だ。びっこをひきながらやっとだ。駅に着く手前に碓氷関所跡の大きな門が残っていたり、横川の茶屋本陣などが残っているがカット。次回来た時に見ることにする。足が痛くてその余裕がありませんでした。(14:00)
お昼を食べていなかったので駅前の「おぎのや」で峠の釜飯\900を食べる。
帰りは高崎に出て、新幹線を乗り継いで東京、新大阪。

後日、医者に行ってレントゲンをかけてもらったが、骨はどうもなかった。happy01

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2008/7月12日 軽井沢~坂本(JR横川)その1

7時に起きた。やっぱり涼しい。8時から朝食なので、散歩がてらにプリンスショピングセンターにいく。Dsc01166
プリンスショピングセンター
店は開いてないがぶらぶらと見て歩く。とても広いアウトレットモールだ。隣にまた、広げているようだ。
ペンションの宿泊者は女性3人と自分。
手作りパン、コーヒー、まだジュース、サラダなどの朝食。

8時25分に出発する。昨日の所まで4,50分かかった。

Dsc01170 旧軽井沢の通り
観光客はまだ少ないようだ。このあたりが旧の宿場あたりだが、その昔のものはまったくない。お土産屋、飲食店、アイスクリーム店などなどがあるだけ。おもしろいところは、写真館で外人の避暑地だったころの写真や皇室家の人々の写真なんかを飾ってたり、売っている。おもしろいところでは軽井沢に来たジョン・レノンの写真(非売品)もあった。だんだんとお店はなくなり、これから山に入っていき碓氷峠に。

Dsc01174 碓氷峠の見晴台より
碓氷峠までは舗装の道もあり、観光用のバスも出ているようだが、途中から旧道に入り、進むがややこしい四つ角で迷う。赤テープの←と小さな中山道の標識に従って進んだら道は途中でなくなっていた。しょうがないので引き返し、もう一つの道を行く。遊覧歩道となっていて碓氷峠に行っていた。(10:35)峠の広い道に出ると、駐車場の横から中山道と標識がある。あれ、どこにつながっているんや?

Dsc01178
峠の碓氷川水源地
峠には茶店も数件あって、観光客もいる。熊野神社という古い神社もあります。峠を少し下って、右に降りていったら碓氷川水源地があり、綺麗な水が湧いていて、川となって流れ出ています。ここに下りてくる階段で右足首をくじいてしまった。ポコッと音までした。ここの冷たい水で冷やした。どうにか歩けるようだ。あと下りが長いので気をつけて歩こう。

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2008/7月11日 岩村田~軽井沢

前日に夜行バスで軽井沢まで行く予定をしていたが急用ができ、東海道新幹線(6:32)と長野新幹線、長野鉄道、小海線で岩村田に来ました。ほとんどの荷物は今日宿泊する軽井沢のコインロッカーに預けたので楽々。happy01

Dsc01132 岩村田高校の前から今回は出発。(12:22)相生町を曲がると両脇は商店街。宿場の面影はない。もともと本陣もなかったようだ。途中、右に大きなお寺があるので行く。竜雲寺といい、武田信玄ゆかりの寺で、遺骨が見つかったそうだ。小田井南で右に入っていくとまもなく小田井宿に着きます。問屋跡尾台家、安川家、本陣安川家も一部残り、それらしい町並みも残っています。

Dsc01152 追分宿の分去れ

小田井を過ぎ、街道はしなの鉄道の御代田駅あたりで突き当たり、地下道で線路を越えて続く道を行きます。左に少し入ったところには一里塚がふたつ残っています。もともとこの間に街道があったようです。進んで、国道に出るとすぐ、北国街道との「分去れ(わかされ)」です。ここには大きな常夜燈や道標、お地蔵さんなどいろいろあります。少し進んで左に入りると追分宿です。お土産屋、茶店なんかもあり少し観光地化している。なぜか古道具屋が2,3軒ある。本陣跡はみんかがあるだけ、脇本陣は油屋という旅館だ。宿場を出ると国道に出ます。標識に標高1003mとあり、けっこう高いんだな~。
浅間山も麓までやってき、しなの鉄道中軽井沢も近くなり、沓掛宿に着く。駅の辺りがもとは宿場だがほとんどその名残はありません。旧道沿いはこれから別荘地が軽井沢まで多くなっていきます。
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軽井沢の町並み

軽井沢に近くなり、国道から左にと松葉林の道を旧軽井沢に向かう。レストラン、ホテル、へぇ~、なんかそれらしい感じのするところ。
旧軽井沢といわれる所に来る。まだ、夏休みのはしりでそんなに観光客はいない。

Dsc01165 ペンションビッケ
今日の宿泊はペンションだ。それが少し遠い。軽井沢駅に行き、荷物を取り、(3kmほど)プリンスのアウトレットモールの横を通り、(2km)やっと、着いたら6時過ぎだった。ここのペンションは夕食はないので、食べに行かないといけない。お風呂に入り、前調べしておいた軽井沢駅近くの炉ばた焼きの店にチャリを借りて行く。え~い、もう1軒!、旧軽井沢を歩いてたとき見つけた居酒屋みたいな?ショットバーみたいな店に行く。名前はONE。先週ぐらいから店を開けたとか。軽井沢で店をやってる人は別の仕事を持っていて道楽でやっている人が多いとか。店のマスターの弁。季節商売だそうだ。10時前にペンションに帰り、1時間ほどペンションの主人とおしゃべり。

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2008/6月2日 大門川(民宿みや)~岩村田その2

Dsc01118 八幡宿本陣跡

八幡の宿も古い建物は大和屋、本陣跡には昔の面影の残る門があるだけです。建物は新しい。脇本陣も看板を掲げた建物が残っているが当時のものでわないようだ。宿を出ると街道は少しのぼりぎみになり、振り向けば宿場の家並が見えている。(12:30)佐久自動車学校の近くの食堂で昼食。すぐ近くに御馬寄の大日像がある。言い方が悪いがユーモラスな石像です。
 千曲川を渡ると塩名田の宿です。橋を渡り、左の階段を下りていくと少し旧道があります。塩名田で最も古い町屋様式が残る佐藤家、問屋本陣と看板のある立派な建物の丸山家などもあります。宿を出ると田園風景の広い旧道が続きます。途中には塚原、平原と集落があります。そして、左1kmぐらいにイオンモールが見えてきます。長野新幹線の佐久平駅前のあたりの商業施設です。岩村田からは小海線で一駅の位置にあります。
今回は、岩村田宿まで。岩村田高校の手前をひだりに曲がり岩村田駅に行く。(2:20)
佐久平から長野新幹線で長野に行き、名古屋に出て、近鉄で大阪に帰りました。

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2008/6月2日 大門川(民宿みや)~岩村田その1

朝からあまり天気はいいことない。朝食は6時、早いなぁ~と思いながらもまあいいかと起きて食べて、7時に出発する。あのイギリス人らは宿の人が何回も「朝食で~す」とドアの前で言っていたが起きてこなかった。
大和橋まで戻ってまた、中山道を行く。

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 長久保本陣

30分少しで長久保宿に着く。旅館濱田屋の角を右に曲がり、少し行くと左には旧本陣の石会家があり、立派な門構えです。中山道旧本陣中、最古の建築であるそうだ。公開してないようです。もう少し進み、一福処濱屋歴史資料館。あいにくまだ、早くて開いてない。それに月曜は休館だ。これからは峠を越えるため登って行く。右のほうには国道がある。旧道の途中、2,3箇所に「旧中山道原道」と標識のある地道があります。国道に出て少しで笠取峠です。(8:20)峠には昔の面影はありません。
Dsc01088
 笠取峠の松並木

峠から国道を下り25分で笠取峠の松並木の道に入ります。入り口には駐車場、トイレなどもあって公園のようになっています。通り抜けると芦田宿に入ります。小さな宿場だが、一本南の通りには立派な立科町役場が見えている。

Dsc01093 芦田宿本陣土谷家

立派な門、そして門から中に入ってみると屋敷も立派だ。屋根に特徴があるようだ。芦田宿を過ぎると間の宿、茂田井。2軒の造り酒屋がある。

Dsc01100 大澤酒造

先代が絵画をされていたので美術館や、民俗資料館もあります。民俗資料館ではお酒を造る昔の道具、江戸時代の古文書、札場の札なんかも展示されています。少し行くともう一軒、武重本家酒造があります。

Dsc01104 武重本家酒造

門から入って行き、いてる人に少し見せてくださいと声をかけて入る。建物の入り口横にここの蔵のお酒の瓶ガラスケースに展示してあります。茂田井を過ぎると30分ほどで望月宿に着きます。このあたりまで来ると浅間山がだんだん近づいてきます。浅間山を見るのは初めてだ。望月宿は宿の中を旧国道が通っているが車はバイパスを通るので広いが車はあまり通らない。本陣のあった所は歴史民族資料館になっています。やっぱり月曜で休館だ。宿から左に曲がり、山に登って行く。長坂や瓜生坂という名前が残っています。1箇所原道と立て札があり、まっすぐ上ると瓜生坂の碑の横に出ます。あとは下りで金山坂、そして国道に出ます。もう少しで八幡宿です。

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2008/6月1日 下諏訪~和田~大門川(民宿みや)その2

東の餅屋からも広い地道が続きます。国道の少し横をどんどん下り、一旦国道に出ると接待茶屋があります。

Dsc01057 接待茶屋
11月から3月まで峠を越える旅人に粥と焚き火、牛馬に煮麦を与えたところです。ここの横に水が湧きでていてペットボトルを何十本も置いて水を汲んでいる。自分もペットに入れていく。ここの水は黒耀石の間を流れてくるのだそうです。けっこう冷たくおいしい。ここを過ぎると、道や沢に黒耀石があるようなことが東餅屋跡のドライブインにおいてあった本に載っていたので探すとあるある。あちらこちらに落ちている。ドライブインで3cmぐらいのが300円とかで売っていたが、いくらでもあります。

Dsc01063 道で拾った黒耀石
黒耀石は砕いて高温で処理してパーライトとして売られています。黒耀石について詳しくは和田宿の黒耀石、石器資料館で見学してください。
中山道は、接待茶屋から旧道に入り、唐沢の一里塚、それから国道に出て歩きます。国道の杉の屋で少し遅いお昼にした。鍛冶足から和田宿に入る。入って左の小川には、醒ヶ井宿と同じ梅花藻が川で揺れていました。和田で泊まろうと2日前に本亭旅館に☎したが、いっぱいですと断られた。日曜なのに?
それで今日の宿は「民宿みや」5時頃には着きます。と言っておいたので、和田で(2:30)なので十分に時間があるので本陣、かわちや、黒耀石、石器資料館などをゆっくり見ました。その後、 5km旧国道の中山道を歩き、国道に出ると衣田川を渡って、すぐに大門川を渡り、川沿いに1km弱で民宿みや着。(4:50)

民宿みわに着き、即お風呂、あがってビールを飲みながら御主人とお話をする。御夫婦でやっておられるようだ。3歳の女の子ともう一人おられるようで、赤ちゃんのような泣き声がしていた。今日の宿泊者は工事関係の13人ほどと同じく中山道を歩く男性、そして、旅行関係の仕事をしているイギリス人と中国人の2人で夫婦だそうだ。

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2008/6月1日 下諏訪~和田~大門川(民宿みや)その1

前日の31日の夕方大阪から新幹線(17:17発)、名古屋からしなの23号(18:40発)塩
尻,下諏訪に(20:51)着。予約しておいたグリーンサンホテルに宿泊。
さて、居酒屋でもないかとウロウロするが、あるのは駅前の養老の瀧だけ。

宿を(7:40)に出Dsc01036 発して諏訪大社、本陣岩波家を通り、旦過湯、綿の湯跡、このあたりも
本陣岩波家

だんだんと山手になってくる。国道147号線を上って行きます。歩道のないところもあり、車もよく通るので危ない。木落し坂を右に見て進むと、町屋敷のあたりから下の谷筋に民家があり、そちらが旧道の辺りだが、途中で道もなくなり、産業廃棄物処理場になっているので国道を行く。国道の左側に浪人塚が見えてくるので階段を下りていく。すぐ近くに黒耀石をパーライトに加工する工場がありますが、道に黒耀石が落ちている。その後も歩道のない国道を歩く。

Dsc01041 旧道の入り
浪人塚から30分ほど歩くと、国道からそれて山道の旧道に入っていきます。カーブミラーの横を入ります。12分ほどで山道は終わり、一里塚に行き着きます。すぐ左上は国道です。国道を渡り、旧道のすぐ左は西餅屋跡です。この後はほとんどが山道です。和田峠より15分手前のあたりには石小屋跡があります。江戸末期に造られた人馬の待避場の跡です。今は、石が散乱しているだけですが、当時はありがたかったことでしょう。
峠のすぐ手前には水飲み場があり、冷たい水が湧いています。本当においしい。
(10:52)和田峠着。今日は天気がよくて北アルプス、御嶽山などきれいに見えています。あとは下りです。

東側の中山道は地道ながら2m前後の道が続いて歩きやすい。

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東の餅屋跡のドライブイン

ビーナスラインを越えて、下り東の餅屋跡にあるドライブインに入り休憩する。軽トラで来ている近くの人や観光の人など3組ばかりの人。お昼にしようとも考えたがビールだけにしておく。

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中山道てくてく再開

5月31日夕方出発、6月1日、2日

中山道歩くの再開しました。追々、書いていきます。smile

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2007/11月23日 日出塩(本山)~下諏訪

奈良井からJRで日出塩に来て、(8:25)に歩き出す。昨日の夜も寒く、豆炭アンカのこたつに足をつっこんで寝たが、朝も寒い!指先が痛くなってくる寒さだ。
 本山宿
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 日出塩からは20分ほどで本山宿に着く。宿内の道は広い。若松屋、池田屋など古い家も残っています。本陣跡は今は昔の建物はないが大きな建物が建っています。宿の家並みがなくなるはずれには「本山そばの里」というそば打ちができたり、そばを食べることができる所があります。朝の仕込みでおばさんたちがそばを打っていた。本山はそばを切って食べることの発祥の地です。本山を過ぎれば、国道に出てまた旧道に入り、JR線をくぐれば洗馬宿です。この宿場は、今は普通の町になってしまっています。本陣であった百瀬家は大きな建物で変わった建築様式だ。今は誰も住んでいないのかひっそりしていた
 
洗馬・太田の清水
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 宿の終わりを左に少し入っていった所に清水が湧いています。昔から旅人がのどを潤した太田の清水です。中山道に戻れば、善光寺道との追分です。元の追分はもう少し先の常夜燈のあるところのようです。そこから左へと旧道があります。洗馬を過ぎればいままでの山間をぬけて、ブドウ畑の広がる桔梗ヶ原です。国道沿いには農園の販売所があり、今は、りんごが売られています。その店をのぞいていると、おばあさんが「どこから来なさった」と世間話しをし、この前、100人ほど中山道を歩いてるという人がぞろぞろと通っていったそうだ。おばあさんにもらったりんごをかじりながら歩く。JR塩尻近辺にはワイン工場が多く、五一ワイン、アルプスワイン、井筒ワインなどあるようで時間があれば見学などしてみたいが、・・・・・・・。
 塩尻宿に近くなると道筋に大きな旧家がある。堀内家でこのあたりの豪農だった家です。誰も住んでいないようで見学の人は10日前までに申し込んでくださいと書いてある。塩尻の本陣、脇本陣跡には、石柱があるのみだ。古い建物は重要文化財の小野家が残っています。大きな屋敷で同じ棟の端で酒屋をやっておられるようだ。宿を抜けると中山道は国道から分かれて山へと登って行く。途中には立場だった柿沢集落があり、家には屋号が掲げてある。お昼は、長野自動車道のみどりこSAに下りて食べる。ちょうどいい休憩場所だ。(12:26)にSAを出て、塩尻峠へと登って行く。国道と二回ほど交差して塩尻峠に到着する。(1:06)
  塩尻峠から諏訪湖を臨む
Dsc00618 この峠あたりは標高1052Mある。ここも分水嶺だ。展望台に上がれば諏訪湖方面がきれいに見え、富士山も頭を出している。また、後ろを振り返れば北アルプスの大天井、槍ヶ岳、穂高の山々もはっきり見えている。あとは下っていくだけだ。下りも終わりあたりに石船馬頭観音があって、階段横には金明水が湧いています。峠の道は舗装もされていて車がたまに通ります。ここから少し下った所は、岡谷IC近くにはバイパスができたりして少し迷った。旧道を見つけ少し行くと左に大きな屋敷が現れてきます。今井茶屋本陣です。道はこのあと、平坦となって、下諏訪へと道をまっすぐ進んでいきます。一ヶ所、砥川を渡るのに国道に出るだけです。そして、今日の終点の下諏訪駅に着く。(14:52)
JRの時間とか余裕があるので諏訪大社下社秋宮にお参りしたりして、JRで塩尻経由で名古屋にでて、近鉄で大阪へ帰る。

今年はここで一区切りすることになる。12月になれば和田峠を越えるのは難しいだろうし、いろいろと忙しくなるのでこっちは、4月末からにします。1月からそれまでは、山陽道を歩こうと図書館で資料を集めています。それでは。

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2007/11月22日薮原~日出塩(本山)

薮原宿
Dsc00543 前日は、名古屋に泊まり7:05の特急しなので木曽福島、乗り換えて薮原に来ました。9:22から歩き始める。薮原は小さな宿場であっという間に通り過ぎるほどです。ここの昔からの名物のお六櫛を商う店もまだ残っています。元旅籠の米屋は今も旅館として残っていますが、今日は、ひっそりしている。JR線を越えて少し上っていくと御鷹匠役所跡があり、説明が書いてある。あとは、鳥居峠へと登って行く。林道と交差しながら中山道を行くと、数箇所、熊避けの鐘が吊り下げてあり、おもいっきり鳴らす。山に鳴り響きいい音だ。石畳も残る所もあるが昔のものかどうか?

峰の茶屋
Dsc00558 10:41円山公園に着く。句碑や古戦場記念碑が散在している。近くに御岳手洗鉢と標識のある水鉢がある。今は、水口から水は出ていないが、これが義仲硯水か?少し行くと、御嶽神社遥拝所。ここ鳥居峠は分水嶺でここを越えると水は日本海へと流れていく。下っていくと峰の茶屋という立派な休憩所がある。泊まろうと思えば泊まれる新しい山小屋だ。すぐ横には、水が引かれ、ゴッーゴッーと流れてきています。峠は1000m越えているのでやっぱり寒い・。この茶屋あたりからは奈良井宿方面がよく見えます。

奈良井宿
Dsc00566 下って11:41に奈良井宿に着く。宿に入ると、お土産屋や飲食店もあり、観光客いる。ここ奈良井はかなり古い建物も残っているようで、昭和53年に国の重要伝統的建造物群保存地区となりました。また、平成19年には「美しい日本の歴史的風土百選」に選定されたそうだ。お昼は食事甘味処『こころ音』でぶっかけそば\1200を食べました。ここ奈良井も水場が多く、すべて一口ずつ口に含む。奈良井は、本当の古さ、そして、風情があり、今の所一番気に入った宿です。道は一度国道に出て、楢井小学校の前を通るが、この小学校の運動場の一画には、スケート場が作ってある。少し進んで左の道に入り、平沢へ入っていく。この町は、漆器の町でほとんどが○○漆器店と看板をあげている。前掲の楢井小学校は、給食の食器は漆器だそうだ。進んで桃岡橋を渡り、国道と右に曲がる道の真ん中の細い道が中山道です。途中までは道があるが、あとは国道の横の少し高い所の道となります。国道を少し行き、右の土手の下に旧道があるので下りていく。下りてすぐに水場があり、このあたりから贄川宿になる。この宿場には、一軒だけ重要文化財の深澤家が残っているだけで、陣脇本陣跡には立て札も見当たらない。
中央線からも見える贄川関所あるが、観光のための近年の建物だ。ここをまっすぐ行くと本来の中山道はないようだが、行ってみることにした。贄川駅の横を過ぎるあたりまでしか道はなく、畑をしている人に聞いても藪しかないとのことで、左の土手を上がり、線路を越して国道に出ろと言うので、そうする。国道に出て進み、残っている旧道をたどり、最後に防護壁のある崖の道を降りたところに「是より南、木曽路」の碑が建っている。
「是より南、木曽路」の碑
Dsc00594
国道を進み、また、旧道に入れば日出塩の駅です。(15:42)列車の時刻もあるので今日はここまで。奈良井まで戻る。

今日の宿は、「民宿いかりや」宿泊者は自分を入れて4名。夫婦のお二人と学生さん。夕食を食べながら話が弾み、夫婦の方の部屋に場所を移して、11時頃まで飲みながら話は続き、楽しい思い出になった。いかりやさんの食事も盛りだくさんで美味しかったし、宿の御主人も気さくな方だった。

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2007/11月22日 ~23日

22日から23日薮原から下諏訪まで歩きました。近々書きます。

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2007/10月22日 上松(寝覚)~福島~宮ノ越~薮原

  2日目は上松(寝覚)~福島~宮ノ越~薮原(駅)です。
昨日の夜は寒くて暖房をいれた。今日の朝も寒いが、朝早く起きて寝覚ノ床まで散歩に行ってきました。
Dsc00473
寝覚ノ床

寝覚ホテルを八時過ぎに出発し、30分ほどで上松宿に着く。上松宿も昭和25年の大火で町並みは新しくなってしまっています。十王橋の手前の上町に少しだけ、古い町並みがあるだけです。宿場を出て新国道のトンネルが右から出てきている。ここから少しに間歩道のない国道を急いで通り抜ける。上松宿から30分ほどで木曽の桟跡に着く。桟下の石垣には銘が彫ってあるのが残っているので横にある
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木曽の桟
階段から下りて見に行く。もうほとんど読めないが、1648年に造ったようなことが書かれているそうだ。それと、以前はこちら側にあった「明治天皇聖跡」や芭蕉句碑は今は対岸に移された。進んで沓掛の一里塚跡から右に入り、通れるだろうと線路脇の道に入ったが、途中から道なき道に入ってしまった。倒木の下を通ったり、ひっつきむしが付いたりの中を7分ぐらい進んで道に出た。後で分かったが20m山手に道があった。その次に御嶽遥拝所、今は、木がじゃまで御嶽山は見えない。元橋を過ぎ、右に進むと薄暗い(もとはJR)のトンネルを通り、道は広くなり中平の立場茶屋跡にでます。左に下っていくとまた国道に出て、また右に入り、上れば木曽福島駅に着きます。駅前からはお土産があったり、食べ物屋も多いが、あいにく月曜で休みにところも多い。中八沢橋からの上の段地区にはなまこ壁の土蔵や古い町並みが残り、古民家をつかったレストランなんかもある。横町に入るが家並みは新しい。昭和2年の火災のためだ。本陣跡は役場になっている。最後にあるのが関所跡。整備されて関所資料館になり、番所が再現されています。
七笑酒造
Dsc00500 福島
JR木曽福島は特急も止まり、町も大きく木曽町の中心です。七笑酒造や中善酒造などの蔵元もあります。見学したりで12時半になってしまった。先を急ごう!

福島宿を後にして七笑橋から少しで、中山道中間点の案内板がある。やっと、
Dsc00504 半分歩いてきた。このあたりから左の山の中腹に大きな岩が見えるが、明星巌といい昔から名所だったそうだ。のんびりした県道をあと、まっすぐ行くと宮ノ越に着く。たいして古い町並みもない。本陣、脇本陣とも今はない。義仲館という木曽義仲公の資料などを展示しているところがあるが見学はしないで進む。葵橋で木曽川を渡って屋号のかかった家の前を進む。巴橋の手前300Mに工事用のバリケードがあるので近所の人の聞くと、歩いては通れるとのこと。橋の両脇にも柵がしてあった。自動車は通ったらダメなようだ。本来の中山道は橋を渡らずに山吹山の裾野を通っていたようだ。昭和51年発行の「中山道独案内」によれば著者はその裾野を通ったと書いてある。今は跡すら見つけられない。
国道に出て進むと山吹トンネルだが、旧道の川沿いの道を進みます。落石注意の看板があったが、山から小石が落ちてくる音がしてくる。落石防止の柵はところどころ曲がっていた。吉田洞門をぬけ、今日の終点のJR薮原の駅が見えてきた。(15:57着)16:33のJRに乗れるよう急いだので余裕だ。木曽福島で特急に乗り換え、名古屋に出て大阪に帰る。

                                                                                     

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2007/10月21日 野尻~須原~上松(寝覚)

   1日目は野尻~須原~上松(寝覚)
 家を6時すぎに出てきても野尻に着くのは11時前になる。駅から歩き出しますが今日は、本当にいい天気で中央アルプスうっすら雪化粧をし、よく見えています。ここ野尻は曲がりくねっていて野尻の七曲がりというそうだ。比較的新しい町並みは明治27年の火災で大半が焼けたからだそうです。本陣、脇本陣も標
識があるだけです。宿はずれの高札場跡には標識があるが字が消えていて読 めない。その隣に南妙法蓮華経の碑があって、台石がいぼ石といってさわるといぼがとれるそうです。国道にでて、道の駅がありまた、旧道に入り大桑あたりから山に縁をぐる~っとまわっていく。途中に天長院という寺があってマリア地蔵さんがあります。子供を抱いたお地蔵さんで子育て地蔵ともいう。中山道は伊奈川を少しさかのぼって、伊奈川橋で越える。英泉の絵で有名な所だが、今は普通の鉄の橋だ。渡った左山手に岩出観音があり、お参りしていく。橋 場集落を過ぎるとまた、木曽川が見えてくる。もう少しで須原宿です。須原には丸太をくりぬいて水を溜めておく水舟というものがあります。この前に西尾酒造さんがあり、酒好きのため、のぞきに入り商売上手のおかみさんらにすすめられて5種類ほど試飲し、四合瓶を二本買ってしまった。生なのでクール宅急便で家に送る。もう、1時半だ。国道に出てコンビニで買ってお昼にする。須原も1866年の大火で焼失したが、西尾家旧本陣など宿場の情緒ある町並みは保たれている。須原駅手前で細い道を国道に出て、また旧道に入ったりして行くと、右に大きな枝垂れ桜があります。春にはさぞかしきれいだろう。旧道は、倉本駅を過ぎたところで線路で通れなくなり、まわって線路の反対側に出ることになる。そして国道の「名古屋123K」あたりで左下の旧道に入るが、このあたりのお祭りで旧道の真ん中で宴会をやっている。まっ、いいかと、通ろうとすると、「にいちゃん飲んでいき~」と。そうこうしてまた歩き、小野の滝を過ぎ滑川橋を渡り、寝覚に入っていく。寿命そばの越前屋とたせ屋の間を下りて行き、国道沿いにある越前屋でそばを食べる。少し寒かったので山菜そば(1000円高い!)を食べた。四時半になり今日の宿のねざめホテルに向かう。

Dsc00468 小野の滝   

Dsc00457 須原の西尾酒造

Dsc00464_2 祭り宴

Dsc00448 マリア地蔵

Dsc00443_2

イボ石

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2007/9月24日 馬籠~野尻

二日目は、馬籠~妻籠~三留野~野尻です。

馬籠宿
Dsc00409

食前に馬込の散歩に出る。雨は上がり、曇りだ。下駄で歩くが、ここは坂道で石が敷いてあって気をつけないとすべってしまう。朝食の時、宿泊の人が十二、三人増えている。遅く着いた人が多かったのか?八時に出発して歩き出すが、馬籠のどこも開いていないので、永昌寺に行き、島崎家の代々のお墓を見てくる。戻ってきて角で宿でいっしょだった東京の女性に会い、いっしょに妻籠まで行くことになった。馬籠峠まで上りだが、そんなきつい坂ではない。50分ほどで峠の茶屋に着き、ここから長野県にはいる。少し前までは落合と馬籠の間に県境があったが、今は馬籠は岐阜県に編入したことを新聞で読んだ覚えがある。あとはくだり、大妻籠集落があり、妻籠の宿に着くが、馬籠と妻籠の間はハイキングする人も多かった。
 妻籠宿
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妻籠は観光客が多い。中山道で一番の観光地だろう。ここで東京からの女性と別れ、また一人歩き出す。観光地と化した妻籠はお土産屋と飲食店、古いたたずまいに見せてあるが、再建も多いようだ。脇本陣は郷土館になり、本陣跡には藤村記念館が建っている。宿はずれで早めの昼にし、(この後食べる所だなさそうなので)次の三留野を目指す。「木曽路はすべて山の中である」とあるように上がったり、下ったりします。上久保の一里塚は両塚とも残っています。そしてなんと!『和宮の風呂桶』なるものが民家のガラス張りの中に置いてある。南木曽の駅が見えてくると民家も多くなり、ほどなく三留野にDsc00428 着きます。本陣跡には説明板があり、当時のしだれ梅の古木が残っています。脇本陣は普通の民家となっています。三留野をでると中山道は木曽川沿いに出て、国道19号線を歩くことになります。昔は、桟道で難所つずきであったそうです。二日目となると、だんだんと足の裏とか痛くなってくる。柿其渓谷入口あたりから国道を左に入り、JR十二兼の無人駅の前を通り、(他の本では国道を中山道としているのも多い)また国道に出たり、JRの横の旧道を通ったりして野尻宿に着きます。このあたりも水が豊富なのかあちこちの水路からゴーゴーと水の音がしている。今日はここまで。JR野尻駅は左に下っていく。宿の中心は曲がらずに先にある。駅で1時間待ち、15時55分発に乗り、中津川で乗り継いだりして名古屋に出て、大阪に帰る。

  

 おまけ
私が買った栗きんとん

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2007/9月23日 大井~馬籠

8月は、暑さのため中山道歩きはお休みしていました。九月も末になり、また歩き出しました。今回は、一泊二日で一日目は大井~中津川~落合~馬籠 二日目は馬籠~妻籠~三留野~野尻です。

Dsc00375 JR恵那駅から出ると人が多い。今日は、「みのじのみのり祭り」で屋台なども多く出ている。お祭りとなればウキウキしウロウロとしていたら11時近くなってしまった。急がないと馬籠に着くのが遅くなってしまう。阿木川を渡れば、大井宿に入っていき枡形を4回曲がり、大井村庄屋古屋家があったり、古山家はひしや資料館になっている。(200円)入ると、土間から見るだけでなく、座敷まで上がって見学できる。次の枡形の所に本陣跡があり、立派な門が残っている。もう1回枡形を曲がり宿外れには高札場が再現されている。

  大井Dsc00387高札場

県道401号を越えて少し行くと、甚平坂に公園があって、広重の大井宿の絵が石に彫ってあり、トイレもあり休憩できます。途中、茄子川には篠原家という旧家も残っている。坂本神社近くの「かわせみ」で遅めのお昼にした。てんぷら定食とビールでした。のどかな中山道は中津川インターあたりで広い道路に出るが、また、街道に入る。中山道はベージュと白のマダラな模様の舗装になるところもあり、中津川宿に入る。宿の中心は、造り酒屋など古い家がかたまって残っています。枡形を2回曲がって少しで、脇本陣と本陣跡があります。中津川駅から来ている道を越えると宿はずれになり、ここにも高札場が再現してあります。高札場を過ぎると後はほとんど上り坂が続き、与坂立場には、塚田家という旧家が残っています。ここからは下って行くと、落合宿に着く。こじんまりした宿場で今、側溝など石で整備している。本陣は、当時の建物はないが、門は立派なのが健在だ。

Dsc00403 落合本陣跡     

落合を出ると広重の落合の絵の下桁橋を渡り、十曲峠へと石畳に道を登っていく。1kmばかりの石畳の道が終わると、あと2kmほどで馬籠。だんだんと曇ってきていたが、雨がポツリポツリしてきた5時に予約していた馬籠の白木屋に着いた。

Dsc00404 落合の石畳道

白木屋にて   夕食の時は二人だけだった。もう一人は東京から来てた女性でした。雨は、夜半過ぎても降っていた。                                       

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7月7日 細久手~大井

朝8時に大国屋を出ると、外で女将さんが草むしりをしておられるので、こちらも大国屋さんの建物ですかと伺うと、隣家で今は無人だそうだ。そして、その隣も空き家だそうだ。お年寄りが残っていて亡くなられると空き家になる。息子さんとかは町に出ていて帰ってこない。どこでもある話だが寂しいことだ。さて今日は大井宿(恵那)までだ。県道を歩いていくと奥之田一里塚、天神坂、焼坂と山の中の坂には色々と名がついている。県道から外れて道は、琵琶峠への入り口にさしかかり、石畳の道も残る。峠は木が茂り展望はない。下って県道とまたいっしょになり、少し行くと、大きな岩が二つある。これが烏帽子岩と母衣岩だ。Dsc00304

もうすぐで、大湫宿に入るが、宿はずれに高札場が再現されている。大湫宿は山の中のちいさな宿である。脇本陣は残っている。本陣はなく、その跡は小学校が建っている。山々に囲まれた静かなたたずまいの宿だ。大湫を出るとまた山の中に入り、十三峠にと上ったり下ったり、ゴルフ場の中を通ったりし、権現山の一里塚に着く。京から江戸までの三分の一ぐらいだ。炭焼立場を下り、民家が数軒ある辺りからは中央道が見えます。そして、下れば深萱立場に12時に着く。大黒屋さんで作ってもらったおにぎりをバス停で食べ休憩。横の川に足をつっこんで冷やすと気持ちのいいこと最高だ。ここからはまた上り黒すくも坂、地道とあすふぁると道との入れ替わりで、さいごの上り坂の乱れ坂だ。昔、大名行列もおこの坂で乱れたそうだが、そうたいした坂でもない。上りきり少し行けば槙ヶ根立場があり、昔は茶屋とかがあったそうで井戸なども残ってある。おかしなことにこの一画がテープで囲いがしてあり、説明板なども囲いの内側にある。どうしたことだか?「西行の森」あたりに着けば大井まであと2.8kmだ。ここは桜の木が多く植えられていて春の花見には人出が多いそうだ。今日は、油断したから小指にマメができた。西行坂を下り、左に西行塚があるので見に行く。古い五輪塔がある。その後ろには展望台があり、恵那方面が一望できます。そして、大井宿に入っていく。まだ二時半だが、中津川までは10kmあるし、今日はここまで。暑い一日だった。JRで名古屋へセントラルライナーに乗り、大阪に新幹線で帰る。

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大国屋さんにて

二日前に予約しておいたが、今日は、お客は自分ひとりだけ。古い建物が残ってないここ細久手でこの大国屋さんだけが目を引く建物です。百四十年ほど前の建築だそうです。二階はそろりそろり歩かないと揺れます。夕食もひとりなのに色々と美味しいものを出していただいた。テレビもないし、二階の続きの二間ではひとりでは寂しい、というよりなんか出てきそうで恐い~っ。Dsc00289 Dsc00291 Dsc00295

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7月6日 太田~細久手 

昨日は、夕方に大阪を出て新幹線とJRを乗り継いで、JR美濃太田に来ました。駅近くのビジネスホテルに泊まり、地方に来たなら地酒をと、居酒屋で太田の地酒、御代桜を二種と名前は忘れたがこのあたりのを飲み、店主と話し込んでしまう。

今日は、細久手までの道のりだ。前回見てない中山道会館と脇本陣、林家の隠居屋を見て、9時40分に歩き出す。天気が気がかりだったが、薄曇でちょうどいい天気だ。太田宿は昔の風情が今でも残るところだ。宿場を出て木曽川を渡るのだが、歩道が半分までしかなく、橋は狭く大きな車が来ると危ない。中恵土を過ぎて、市原産業のところで道路が二つに分かれている。???地図に載ってない新しい道だ。古いほうに進む。正解だったが、もうひとつは21号線のバイパスだろう。道は伏見宿へと入るが、さして見る物もなく、本陣跡の碑があるぐらいだ。

伏見宿から4kmほどで御嶽に入る。この宿場は国道から入った所なので静かで少しは風情がある。蟹薬師の横のお好み焼き屋で昼にする。缶ビールを2本も飲んでしまう。Dsc00267 薬師さんにお参りするが、誰もいない。昔は、人出も多かったから名鉄もここまで線路が来たのだろう。お寺の傷みも目につく。この広見線もいつまであるだろうかと思ってしまう。薬師さんから少しで、みたけ館という郷土資料館があり、このあたりの隠れキリシタンに関した資料なども展示されている。本陣跡には門が残り、家は新しい。宿場を出て国道を行くと、和泉式部廟所がある。そして中山道は21号線とわかれ、山道に入る。のどかな田舎道、田んぼの稲も青々としている。アスファルト道から地道になる所が「牛の鼻かけ坂」道は県道となり、耳神社があり、進んで、石畳の「謡坂」次に、坂の上に古い家があり、前に広重の御嶽の絵を大きくした顔抜きの写真撮る遊園地とかにあるようなのが置いてある。風景的には広重の御嶽の絵に似た所だが怪しい。Dsc00282この先、細久手まで地道とアスファルトとの繰り返しが続く。途中、一呑清水、唄清水と水の湧いているところがあるが飲める様子ではない。 細久手まであと6kmほどのところの山の中にケーキ、ハーブティー、と看板があがったお店があり、入ろうかとも思ったがやめた。後で大黒屋さんの若女将さんによると、ケーブルテレビとかで紹介されて、岐阜市内からも人が来て結構はやっているそうだ。そうこうしてやっと、五時に細久手の大黒屋に着く。今日は、ここでの泊まり。

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6月17日 加納~太田

Dsc00244 今日は、近鉄特急で名古屋、JRに乗り継ぎ岐阜にやって来ました。前回の所からスタート!(10時10分)まず、加納天満宮にお参りし、今日の無事をお祈りしました。ちょうど、赤ちゃんのお宮参りの人々といっしょでした。境内には傘祖彰徳碑なんていうものもある。脇本陣、本陣はなく、碑のみがあります。岐阜はきにあたりも、濃尾地震のためか、そんな古い建物はない。街道は、大手門で一回曲がり、少しで川の横に高札場跡の看板があり、少し行って右へまがりまっすぐ行く。最後にだんごやさんを曲がった所に鏡岩の鏡と書いた丸い碑があります。これまで枡形を6回まがったことになる。加納宿を出て、JR高山線に沿いに進むことになる。那加あたりでお昼にしようと、JR那加駅前をウロウロするが食べる所が全くない。薬店で聞いて、満州亭というラーメン屋で食べる。あっさりしておいしかった。昼のビールもウマい。また街道に戻り、歩き出すと県道沿いに食べる所はいくらでもあった。各務ヶ原の大きな公園を過ぎて空を見ると、グライダーが二機飛んでいるのが見えました。私が小さいころ、八尾の飛行場から飛行機に引っ張られて飛び上がるグライダーをよく見たことを思い出しました。加納から17km、やっと次の鵜沼だ。

鵜沼も濃尾地震のため江戸時代からの建物はほとんどありません。しかし、坂井家など二、三軒文化財の標識を掲げる建物もある。大安寺川を越え、少しで陣屋と古風な名前だが、新しい喫茶店があるのでお茶にする。三時頃だからか、けっこうはやっている。岐阜あたりで喫茶店に入ると、飲み物にピーナツなどちょっとしたものが付いてくる。関西ではないことだ。この先で鵜沼の宿も終わり、山越えとなる。うとう峠を過ぎると細い地道になってくる。下りきった所でJRと国道の下をトンネルでくぐれば、レストランゆらぎの横にでます。店は閉鎖になっていた。。少し歩くと左の崖上に岩屋観音があるので登っていくが、あまりお参りの人もおらず寂しい。あと大田宿まで国道21号線を行くことになるが、木曽川の堤防に遊歩道があり、景色も良いのでこちらを歩いたほうがいい。坂祝あたりから振り返ると、山の上に何か建物が見えるが、あのあたりに昔、猿啄城(サルバミジョウ)があったそうだ。深田神社のところで国道から一ヶ所旧道に入るが、また国道に出てまた、左の旧道に入っていくと太田宿だ。小学校をすぎると、突き当たり、左すぐ右にと枡形になっている。

大田宿に入ると、本陣跡、ここは門だけが残っている。脇本陣は住居として今も使われている。さて、もう五時をまわっているのでJR美濃太田駅にと急ぐ。17:39発の岐阜行きの普通に飛び乗り、名古屋に行き、近鉄特級で難波へ。

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5月4日 赤坂~加納

大阪からJRで大垣、乗り換えて美濃赤坂にやってきました。今日はすごく天気もいい。大垣で乗り換えのとき、2両の電車は満員でした。「さわやかウォーキング」とかの催しだそうだ。最初にお茶屋屋敷跡に行くと、ぼたんの花がきれいに咲いていた。さわやか…できている人たちは垂井の方へといくが、わたしは、加納(岐阜)へと。赤坂港会館を見学する。この横の小さな川は昔は、河川交通の要衝として賑わっていたらしい。赤坂をでると田園風景となり、ひばりがピーチクパーチク鳴いているし、レンゲ畑もひろがっている。Dsc00175

赤坂港会館

揖斐川の少し手前には、呂久の渡し跡があり、昔はこの辺りを揖斐川が流れていたようだ。近くには小簾紅園があり、和宮記念公園となって休憩にいい。少し行くと馬渕家という門屋が残る旧家がある。揖斐川を渡って、田んぼの道を行き、犀川の横を進んで千手観音さんを過ぎて左に曲がれば、美江寺宿。古い建物はなく200m~300mほどの宿場です。突き当たりに美江神社があり、中山道は右に行きます。この宿に豊田家といううなぎ屋さんがあったので食べに入ろうとのぞくが、予約だけの商売か誰もいなかったのであきらめてもう少し行くと別のうなぎ屋さんがあったので、入ろうとすると「左に移りました」とか書いていたので見にまわると、新装したてのきれいなお店があったので今度はどうかと恐る恐る戸を開けると、お~、はやっている。お店は清水屋さん。もう一時だ。遅めの昼食にうな丼を食べる。それとビール。揖斐川や長良川もあってこのあたりはうなぎ屋が多いようです。

進んで行き、河渡宿。全く昔の建物など残っていない。長良川に突き当たり、河渡橋を渡って鏡島にはいり、1kmほどで鏡島弘法の乙津寺があり、21日はにぎやかなそうです。ここから長良川の堤防に上がると、小紅の渡しがあり、対岸に渡れます。いまさら渡ってまた、折り返すのもなんだしと乗らなかった。だんだんと岐阜市街に近づいていく。ちょうど三時。いいとこにいい喫茶店〈ミルトンバナナ〉があったので入って休憩。こういう喫茶店との出会いがイチバン楽しみだ。雰囲気もいい。アイスコーヒーを飲み、20分ほど休憩してから加納宿にと入っていく。今日はここまで。岐阜駅にと左に行くと、ホテル街みたいなのがあり、客引きが多い。このあたりが岐阜の金津園というところらしい。大阪では、条例で客引き行為ができなくなったが、ここでは健在だ。JR岐阜から大阪に帰る。

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4月15日 醒ヶ井~赤坂

Dsc00065地蔵川の梅花藻  

今日は、醒井橋からだけどその前にちょっと寄り道、旧郵便局の醒ヶ井宿資料館に入る。建築家、ウォーリーズの設計で醒ヶ井の歴史の紹介や資料など置いている。醒ヶ井は宿の中に地蔵川が流れ、問屋場など古い建物が残っている。十王水そして居醒の清水から水が湧き、地蔵川となって流れている。川の流れには梅香藻がゆれていてきれいだ。六月以降になれば小さな白い花がたくさん咲くそうなので見てみたいと思う。

ゆっくりしてたら11時になってしまった。醒ヶ井に来たのも少し遅かったが。先に進もう。街道から国道21号を越え、1時間ほどで次の柏原宿に着く。ここの宿場にも柏原宿歴史館という施設がある。ちょうどお昼なので、ここの食堂で食べる。歴史館に入り(\300)見学。この宿場も古い町屋が多く、特にもぐさや亀屋左京、伊吹堂は江戸時代からもぐさの商いをしている老舗で、福助人形は、ここが始まりだそうだ。残念ながら日曜日はお休みで、閉まっていて見ることは出来なかった。

進んで、近江と美濃の国境。ここには、境を示す石碑があり、美濃、つまり岐阜には入っていく。最初の宿場は今須。何の見るものはない。ただ妙応寺というお寺がにぎやかなので行ってみると、大きな寺で本堂でカラオケ大会をおこなっていた。今須を出ると今須峠、下って常盤御前の墓がある。この辺りは山の中で、不破関があった所です。不破関資料館(\100)などあり、見学する。少し行くと関ケ原の宿だが国道が真ん中を通り、宿場の面影はほとんどない。また、この辺りは関が原の合戦地であり、あちらこちらに誰々の陣地跡との案内板がある。国道から離れて旧道をいくが、垂井の一里塚あたりで広い道路ができていて、旧道が分かりにくい所もあったが垂井宿に入っていく。

垂井で一番有名なのは垂井の泉であろう。松尾芭蕉もここで句を読んでいる。大ケヤキの下から水が湧いている。垂井には旅籠の亀丸屋、油屋などの古い建物も残っている。宿を出ると相川があり、川の両岸からロープで鯉のぼりを何重にも泳がしていた。後はまっすぐ道は赤坂に至っていく。

赤坂に近くなると削られ石灰が掘られている山が見えてくる。他にも大理石とかも昔は、採れたようだ。ここ赤坂は立派な旧家が目立つ。五時になったのでJR赤坂駅に向かうが、少し前にでてしまってた。それに一時間に一本.。バスが通るもとの中山道まで戻って、大垣に行き、JRで大阪まで帰る。

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3月21日 愛知川~醒ヶ井

愛知川から今日は歩き出す。

とてもいい天気で、月曜日ぐらいに雪が降ったので、雪が残っているか心配だったが大丈夫だ。ちょうど進む方向に伊吹山に雪が積もっているのが見える。その右側には、霊仙山にも雪が積もっている。歩いていく道は広く、車がえらいスピードで走っていくので気をつけないと危ない。歩き進んで江州音頭発祥地の碑があったり、又十屋敷という建物があったりする。入ろうと思ったが有料なのでやめた。次は伊藤忠を興した伊藤忠兵衛の屋敷があるが、今日は開館日なのに11時を過ぎているのに開いていない。

次の宿場である高宮に着く。お昼を過ぎているので食堂を探すがないので、国道に出たらザめしやがあったのでそこで食べる。食べ終わりまた街道に戻る。彦根I.C辺りをすぎるとのんびりした道が続く。

そうこうして、鳥居本に着く。静かな宿場である。古い町並みが残っている。宿場の終わりくらいに、赤玉神教丸本舗がある。立派な建物で二百数十年はたっているそうだ。道はいったん国道に出て、右側の山のほうへ登って行くここが摺針峠だ。神社の前で休憩する。振り返ると琵琶湖が見える。峠を越え名神に沿ってへんぴな道を行くと番場宿に着く。両側に家があるが、ここが宿場だったのかと思うほどのところだ。通りすぎて米原インターの下を通り、ここで少し道がわかりにくい。行って樋口で国道を渡り旧道そして国道を渡り、醒ヶ井に入って行く

醒ヶ井に入ると西行水という岩の間から水が湧いているところがある。がその上は今は名神が走っている!!!!!!!水は大丈夫なのだろうか??もう少し行くと地蔵川が流れている。きれいな川で梅花藻があちこちでゆらゆらとしている。まだ花は早いようで一つの群生の中で1つ~2つ小さな白い花が咲いていた。ここで4時半をまわっているし柏原まではだいぶとあり、JRに乗るのがいつになるかわからないので今日はここまで(^_-)-☆

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2月24日草津~愛知川

大阪からJRで草津に10時30分に着き、前回終わったところから歩き出す。少し行き、JRのトンネルを左に越え、後は守山まで旧道がずーっと続いている。今日は、特に寒いが私は花粉症なのでマスクをして歩き、少しはましだ。今宿に11時22分着く。ここには、一里塚が残っています。そして、守山宿にと入っていきます。古い町並みも残っているが、先を急ぐとする。野洲川あたりからは右に近江富士の三上山のきれいなすがたがみえます。野洲川を越え、すぐJRの下を行くと、造り酒屋があります。私は、日本酒が好きでそのようなのがあれば覗いてしまったり、酒屋でもその土地の地酒が置いてあるので「ちょっとすみません」と銘柄を調べにケースを覗いてしまいます。 道は新幹線をくぐり、右に桜生史跡公園があり、甲山古墳、資料館(無料)もあります。もう12時40分、昼食にしょうと思うが、何も見当たらないので、国道まで我慢し焼き鳥屋で昼とする。ここからは国道歩きが少し続き、左に義経元服の池とののぼりが立っている。そういえばNHKの日曜のドラマで鏡神社や烏帽子掛け松など説明していたのをおもいだす。進み、西横関で左へと旧道に入るが日野川は越えられないので、川沿いに国道まで行き、橋を渡って、また川沿いに旧道に戻る。国道を行ったほうが近いが、少しでも中仙道を忠実に行こう。

進んで次の宿場、武佐は西宿町から右に入り、近江鉄道の武佐駅の横を通って行く。古い建物には小学生の手作りも看板が掛けてある。少し行くと安土町に入り、国道8号に出る手前に奥石神社、そして老蘇の森が広がっている。進んで五個荘町「てんびんの里」の石のモニュメントが出迎えてくれる。萬松園という近江商人の屋敷や古い町並みが残っているが、近江商人博物館や金堂の町並みの所は、中山道からは離れているようだ。国道に出て愛知川を渡れば、愛知川宿の看板ゲートが見えてくる。入っていけば愛知川の宿だ。「竹平楼」があり重厚な門構えの料亭で200年ほど続いているそうだ。もう、5時20分、今日はここまで。近江鉄道で八日市、JR近江八幡そして、大阪に帰る。

PS :酒味の蔵でなべの会 地酒の店です                           

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1月27日京都~草津

今日から中山道を歩き出すことになりました。近鉄、JR、京阪と乗り継ぎ、三条にやっ来る。高山彦九郎の前で写真を撮って、10時に歩き始めました。蹴上、そして、日ノ岡か一方通行の旧道に入り、一旦、府道に出て東海道線を越え左の旧道に入り、山科に入っていく。山科の駅前を通り、1号線を歩道橋で越え、旧家の並ぶ旧道を行く。名神の前からは、中山道は1号線となり、逢坂の関まで自動車の多い道を通らないといけない。車では何度か通ったが、歩いて逢坂の関を越えるのは初めてだ。逢坂山関址の碑もある。あとは大津まで下っていく。京から最初の大津宿である。札の辻あたりに古い町並みも少し残るが見る所もない。行って儀仲寺、そして石田三成が捕らえられて、一時繋がれた大銀杏がある和田神社。時を越えて歴史を感じます。このあたりから街道は右に左にとややこしいが、大津市は角々に案内の標識があり、私が持っている山渓の「中山道を歩く」よりよくわかりありがたかった歩き進み、瀬田の唐橋を渡り草津宿へと入って行く。右に草津宿街道交流館があり、宿場に関するさまざまなことを学べる。(ここで、買い求めた中山道歴史マップは後々便利でした。)本陣も当時の姿をとどめて公開されている。今日はここまで。もう五時なのでJRで大阪に帰る。

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本人から

去年まであちらこちらの山に登っていましたが今年になり、中山道を歩いてみようと

一冊の本を手に歩き始めました。

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