2009/10/03 三石~長船(香登)

汗かきなので、暑いとき歩くのはつらい身ですので涼しくなり山陽道てくてくしてきました。JR大阪から新快速に乗り(8:30)姫路、乗り換えて相生、相生からまた乗り換えて山陽本線の普通で三石に来る。大阪発の9時のに乗っても同じだった。
ここ三石はレンガ工場が多い。前に見える山はレンガの土を取るため削られている。備前市一帯は耐火煉瓦の生産で国内の3割を占めている。歩きだして少しして左側に三石一里塚跡の石柱がある。これといって古い町並みもない。JR山陽本線のレンガのトンネルをくぐれば、750mほどで国道2号線にでる。弟坂、兄坂と2号線を進む。山陽自動車道の備前ICあたりになると道が入り組んで歩道があるほうに横断すること2,3回。八木山には取り残されたように集落と旧道が残っている。山陽道の下をぬけると、明治天皇行幸碑があります。一里塚跡の石標もある。道は二軒屋、四軒屋集落を通り、1kmで2号線から右に旧街道が続く。旧道に入って1.5kmほどで伊里川を渡ります。北に行けば閑谷だ。川を渡ると道は道は西に向かい、200mで二股のわかれ道を右に行きます。このあたりは伊里中で民家が多い。わかれ道より1300mほどでまた2号線と合流する。少し手前には藤ヶ棚茶屋跡があります。備前藩主の休憩所であったところです。2号線大池の横には一里塚跡の石柱と説明書きがある。2号線は下りになり、備前コンクリートの前で右に入る。新幹線の下をくぐり、大東集落の中を行く。天神宮の交差点で2号線を横断して赤穂線の踏切を越えて下っていく。もう、12時50分だが、ここまで全く食堂の類がない。備前市の中心片上に入るがここも食堂があるが1時までのようで閉まっている。スーパーらしきものもコンビニもない。しょうがない。市役所から少し行った右手に宇佐八幡宮がある。狛犬は備前焼だ。このあたりの神社の狛犬は見た限りではみな備前焼だ。宝永橋を渡ると道は左にカーブしながら商店街の中を行く。閉鎖されたアルファー備前という商業施設を過ぎた角を右に曲がり、葛坂峠に上がっていく。アルファーの敷地内には脇本陣が、角のパチンコ店には本陣があったようだ。峠にはお夏茶屋跡がある。お夏とはお夏清十郎のお夏で、井原西鶴の浮世
草紙『好色五人女』(1686年刊)やそれを脚色した近松門左衛門の世話物『五十年忌歌念仏』のお夏です。しかし、米問屋の娘のお夏がいつ茶屋で働いてたのだろう?峠を越えて2号線に合流して少し進むと、交差点にスーパマルナカがある。2時にマルナカでやっと、岡屋名物の「えびめし」を買ってお昼だ。マルナカの横を斜めに入っていく道が山陽道です。また、交差点の片上よりには伊部の一里塚跡があり、石標が建っている。旧道に入ると伊部地区は備前焼の中心地です。街道沿いには窯元やギャラリーが軒を並べている。街並みも途切れてきて新幹線の下をくぐり、大西集落に入ると左に大きな池が現れてくる。大ヶ池です。池の堤防にベンチもあり、池を見ながら休憩する。大ヶ池より1kmほどで香登に入る。大内神社の角に石垣があり、ここが香登の一里塚跡です。一里塚跡の石柱が建っています。香登は間の宿で吉井川が川止めのときは旅人はここに宿泊したようです。香登はまだ古い町並みが残っている。香登をぬけると二之樋、そして、坂根集落に入る。大用水を渡り、新幹線の下をくぐると吉井川の堤防上の2号線と合流する。ちょうど合流地点に長船パーキングエリアという売店、レストラン、温泉施設がある。2号線を歩きながら地図を見ると吉井川を渡るとJRの駅があるのが、山陽本線の上道で橋を渡ってから8km以上ありそうだ。時間は今4時前。後戻りして赤穂線の香登駅に向かうのもいやだし、赤穂線の長船駅に向かう。駅に15分ほどで着く。16:25発に乗り、岡山に行き、新幹線で大阪に帰ってくる。

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2009/09/21 柳生街道マラニック

天気のいい9月のマラニックは気持ちのいいものだhappy01
9時に近鉄奈良の行基さんの噴水前集合!
一行、6人は奈良公園を東に、春日大社を通り、山道に入っていきます。道幅も狭くなり、能登川の橋を渡り滝坂の道に入る。道はきついが石畳で、ほとんど木が生い茂っているので涼しい。道沿いには石仏が多く見られます。登りなのでそうも走れないので歩きだ。ここで有名なのが朝日観音と言い、高円山から登る朝日に真っ先に当たるそうです。もう少し登ると三叉路には2mはある首切り地蔵があります。柳生街道(東海自然歩道でもある)も石切峠に差し掛かり、ここには「峠の茶屋」があります。今回は通り過ぎ、下ると民家が現れ、茶畑もありあちらこちらでお茶(番茶)や野菜が売られています。みんな下りとなると早いなぁ~happy01山道を走りぬけ、国道369号線に出ると、柳生街道随一の名刹、忍辱山(にんにくせん)円成寺(えんじょうじ)で、由緒のある寺です。ここにある茶店で休憩。みんなでわらび餅を食べる。わらび餅にも砂糖が入っていて、その上にきなこと砂糖が掛けてあるのでけっこう甘い。ゆっくり休憩し出発。少し東へ行って、国道369号線から右に外れ、東海自然歩道「旧柳生街道」を野を越え、山を越え走り進む。
夜支布(やぎう)山口神社前を通り、大柳生を過ぎ山道を抜けると「青少年の森」で奈良市青少年野外センターがあります。ここは研修宿泊施設で、児童、青年、一般とグループで利用され、自然観察及び林間活動を楽しむ事ができるようです。なお、街道(東海自然歩道)は、「青少年の森」の西側を通り、また、ほどなく行くと、山道から抜けて開けた阪原の里に至る。南明寺を過ぎ右へ曲がり、更に100mほど行くと右手に「お藤の井戸」があります。覗いてみるとすぐ手の届くところまで水がある。少し行くとまた山越えとなり阪原峠を越える。越えて下りも終わるころ大きな石に刻まれた「ほうそう地蔵」があります。そして、柳生の里に着きます。左山裾の少し離れたところには旧柳生藩家老屋敷が見えている。このまま今回は県道4号笠置山添線を行く。ほとんど下りで笠置に着きます。途中には奈良と京都の県境を示す大きな石標が立っています。笠置に着き(1:15)わかさぎ温泉笠置いこいの館で温泉に入って今日の疲れをとり、汗を流す。お風呂上がりのビールもおいしい。久しぶりにみんなで行くマラニック、やっぱりいいですねェ~。2時56分のJR笠置駅から乗り、加茂で乗り換えて大和路快速で天王寺そして、鶴橋。鶴橋でKさんと二人でもう少し飲んで帰る。

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2009/09/12 リレーフォーライフ芦屋

今年もリレーフォーライフに参加しました。
午後から降ってきたあめも始まる少し前には上がっていた。
去年と同じく軽トラに自転車を積んで少し離れた駐車場にとめ、そこから自転車で会場に。私は、明日仕事なので最初に走り、少ししてまた走り、続けてシンボルタスキとともに合計3回1時間半走る。ごめんなさい!お先に失礼です。

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2009/08/16~18 北岳~間ノ岳~農鳥岳~(熊ノ平小屋)~塩見岳

今年はどこに登ろうかといろいろ考え以前登った北岳からの縦走のコースに決定。8月16日
新大阪からのぞみ(6:32)に乗り、名古屋、塩尻、甲府、広河原に14時前に着く。広河原山荘の横を通り、今日の宿泊の白根御池小屋に到着。(15:22)ここの小屋は以2005年に新築されたので新しい。今日の宿泊者は45人前後か。1室に7人だった。消灯は8時。いつものように寝れるはずがない。

8月17日(バリ晴れ)
5時朝食。5時22分出発。今日も明日も長い道程だ。頑張って歩こう。そうでないと熊ノ平小屋にたどり着かなくて、あの農鳥小屋sadに泊まることになるか、農鳥岳に登れなくなる。北岳山頂に7:36。2回目の北岳だ。肩の小屋から登ってきた人達で山頂はにぎわっている。ここからは富士山もよく見えている。10分山頂にいる。下り八本歯のコルへの分岐。2005年に来た時はここを下った。北岳山荘、ここからはまた登りになる。中白根山、そして間ノ岳に到着(9:45)。この山も百名山のひとつだ。広い山頂だ。ここからまた、農鳥小屋までの下りだ。農鳥小屋(10:36)小屋の主人が外でねっ転がっている。小屋近くに荷物をデポして西農鳥岳、農鳥岳に登る。11時41分農鳥岳。割と早くここまで来れたのでゆっくり休み、素晴らしい景色を楽しむ。北東には地蔵岳のオベリスクの尖がりがよく見える。ここで今日泊まる熊ノ平小屋のバイト君に会い、話すと熊ノ平小屋の宿泊者はお盆でも少なかったようだ。今日も6人ぐらいかな~ぁとのこと。バイト君に「先行くわ~、」と農鳥を下ってデポした荷物を拾う。農鳥小屋(12:47)から少し間ノ岳に戻ったところから熊ノ平小屋に続くトラバースを行く。トラバースの道は一度谷に下り、また登り、あとはおおかた水平の道です。トラバースの真ん中あたりに水場があり、冷たい水が流れている。靴を脱いで足を冷やす。一つ困ったことは、ものすごく小型のハエが多く、じっとしていると所かまわずハエがたかってくる。進んで間ノ岳からの尾根道と合流して間もなく熊ノ平小屋に着く(15:05)。何をおいても先にビールだ。ここの小屋は1階は食堂などで2階は真ん中に通路があり、両側に上下2段の寝るところがある。布団1枚で寝ると1段目に36人、2段目も同じ人数寝れる。5時半ぐらいに夕食。宿泊者は6人。バイト君の言うとおりだ。水とトイレは小屋の外で夜と朝はライトが要る。足の裏も痛いし、今日はよく寝られると思ったが、それなりに寝ることができた。寒かった!毛布を4枚掛けて寝る。

8月18日(今日もバリ晴れ)
朝食は4時。今日も道程は長いし、鳥倉林道のゲートのバス停に14:37までに行かないと今日中に帰れない。4時半出発!5分ほど歩いて何か忘れてる?小屋にストックを忘れてきた。引返して取りに行く。5時ごろまでは仙塩尾根はまだ暗いのでライトが要る。20分ほどで安倍荒倉岳、すぐ右が山頂。といってもほとんどアップダウンがない樹林帯の尾根道だ。展望が開けるのは途中の小石峰ぐらいか。6時40分に塩見岳が一望できるザレ場に着く。ここで初めて塩見から下ってきた人と会う。塩見の山頂で日の出を待っていたとか。塩見の登りに差し掛かったとこで登っていく人だいる。自分より先にこのあたりを歩いているのは変だ。聞くと少し手前でテントを張っていたようだ。テント場でもないところにテントを張る人がたまにいる。途中の北俣岳(7:52着)の登りはきつかった。ここから塩見岳東峰がよく見え、5,6人山頂にいるのが見える。また、ここ北俣岳からは蝙蝠岳へとなだらかな稜線が連なっている。塩見の登りはきつい。塩見岳東峰(8:17着、8:25発)塩見岳も百名山だ。東峰にいた人たちは、三伏峠小屋からのピストンだそうだ。西峰を通り、あとは一気に三伏峠まで下る。西峰からの下りは岩場を通ることになり、塩見小屋を右に見て通過し、三伏峠小屋に(11:00着)割と早く着いた。あとはゆっくり下りてもバスに間に合う。2時間あれば大丈夫だろう。30分ほど下ってお昼にする。ちょうど水場があり、熊ノ平小屋で作ってもらった弁当を開ける。おにぎりが3つと分厚いベーコンが入っていた。下って鳥倉林道に12:55着。本来ここまでバスが来るのだが、途中工事をしていてゲートのバス停まで30分ほど歩いていく。10分ほど歩くと擁壁の工事をしていた。バス停の駐車スペースには40台ほど車が止めてある。’(13:25着)
バスの時間まで1時間ある。(14:37発)トイレ前で着替えてさっぱりして30分するとバスが来た。3人乗客あり、これから三伏峠小屋まで登るそうだ。着いたら6時ころだろうなぁ~。頑張れ!。バスに乗ったのは自分一人で、終着のJR伊那大島駅まで貸切バスだった。(16:14着)
辰野、塩尻周りで名古屋から大阪に22時19分に着く。
2泊3日で帰ってこれるか心配だったがどうにか歩き通した。さて来年もこっち方面に来ようか。



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2009/06/13 相生~三石 パート2

田んぼの広がる街道を行く。このあたり一帯は梨ヶ原・宿遺跡で中世の集落の跡があったそうです。
027 そして、今の梨ヶ原集落にはいります。この集落にも「明治天皇駐輦之碑」があります。ここで駐輦とは?
天子の行幸の途中、一時のりものを止めること。また、その地に滞在すること。駐駕(ちゆうが)。駐輦(ちゆうれん)。集落を過ぎ、国道に出て100mほどで右の道路に入りJRの踏切を渡ってすぐに左の船坂峠に向かう旧道に入っていきます。この道は舗装されていて自動車通行禁止です。峠に向かってだんだんと登っていきます。

032人気のない さみしい道を上って1kmほどで船坂峠に着きます。京都、大坂、兵庫を歩き、峠を越えると岡山に入ります。峠の道路横には「縣界 東宮殿下行啓記念 岡山縣」の碑があります。ちなみに行幸とは天皇のお出ましで行啓とは天皇以外の皇族のお出ましとのようです。今の峠は昔の峠より30mぐらい低い。碑の右斜面の上が昔の峠の高さで「従是西備前國」の石標があるそうだが、ここからは行けそうにない。

037 峠を少し下って行くと右に「雲水の井戸」がある。昔の旅人がのどを潤したことだろう。今でも水はあります。井戸から少し下ると、右に山を登り返す道があり、この道が旧の峠あたりに行ってます。行くと前述の石標があります。元の道に戻り下っていく。国道に合流して800mほどで川の手前を右の旧道に入ります。踏切を越え、船坂集落、そして、JR三石駅前に着く。(15:50)時刻表を見れば、あと6分で姫路方面行きの列車が来る。今日はここまで。

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2009/06/13 相生~三石 パート1

相生に1カ月少しぶりにやってくる。大阪駅を9字の新快速に乗ったのでここに着いたのは10:28だった。お決まりどおりに前回の終わり地点に行く。赤穂街道の分岐からのスタート。今日は、難所の有年峠越えだが、はたして通れるのかsign02
陸本町から西国街道を1km進み、JRと新幹線の下をぬけて2号線を横断して山裾を進む。すぐにまた、国道と合流したりで500mほどで国道の側道に入っていくとすぐに旧道となる。ここから鶴亀の集落だ。001
写真では少しわかりにくいが、国道の反対側、透明の防音壁の向こう側に
「明治天皇駐驛處」の碑がみえる。あちら側に行くには、だいぶ遠回りをしないと行けそうにない。鶴亀を過ぎ、国道を200m進み、横断して若狭野町上松集落に入る。250mでまた国道を横断するが、トンネルがあるのでそこをぬける。すぐ右にはいろいろな記念碑なんかがまとまって建ってある。そんなに国道から、はなれもしないで旧道はあります。八洞に入り道はY字に分かれて右に200mでひだりへ。道はY字の左に行ったのと同じ道だ。若狭野小学校の前を行き、少し広い道を横断して進むのだが、右100m先にスーパーがあるので行く。いなりずしとビールを買って、少し早いが昼にした。
1kmで国道と合流して進む。500mで右に行き、矢野川の堤防に突き当たり、左に行き、国道とまた合流。国道はJRを越えるため高架になるが、旧道はその右に回り込み、進むのだが線路がある。線路の向こう側には旧道がある。右よし、左
002 よし、・・・・・・・。写真は線路を越えて続く旧道。すぐ右に材木屋のような建物があり、地図を見たり、この写真を撮っていると、65から70ぐらいのおじいさんがやって来て、「あんた、この前もここ来てたやろsign032回ほど見た」とか「どこどこの法務局で見た」とかわけのわからんことをのたまう。
国道とJRの間の旧道は400mほど続いて、畑集落に至る。
                                            国道に出て、反対側に続く旧道へと渡る。少し歩くと有年横尾の集落が始まる。400m進むと交差点があり、みぎに200mにはJR有年駅がある。交差点左角あたりに「有年村道路元標」あり。ここ横尾は比較的古い町並みも残っている。旧道は国道に出て矢野川と千種川を渡り、すぐの堤防沿いを左に曲がり、旧道を行く。ここからは東有年の集落がはじまる。ここは道幅も広く本陣もあったようです。集落の終わりあたりには有年宿番所跡がある。ここにも「明治天皇駐輦記念碑」があるようだが民家の裏側にあるようで見つけられなかった。
集落のはずれでT字路になる。ここに道標があったそうだが今はない。右にに行き、国道を渡り、街道はつづく。すぐ右には八幡神社の鳥居があり、石段が続いている。片山、東中野、西中野を通り、また国道を横断して西有年に入る。横断してから500mで墓地に突き当たり、左に進み、少し行くと一里塚跡があり、標識がある。長谷川を渡り、上組集落に入る。このあとは有年峠を越える山道になるのだ
012_2 が通れるのか?進む。上組には
立場跡の三村家がのこっている。(江戸時代の宿と宿のあいだの大名の休憩處のようなところ。)今は無住の様子。有年峠は明治のころにはもう人の行き来が少なかったようで、明治天皇の行幸の際は国道2号線を行ったようだ。国道沿いには明治天皇駐碑があると山陽道パノラマ地図中にある。そして、人家もなくなり上りに差し掛かると道にゲートがあらわれた。あ~despair通行止めか!標識には関係者以外立ち入り禁止のようなことが書いてあるが、ゲートは開けれるし、開けたら閉めるように書いてある。イノシシ除けのゲートでここから左右に柵が続いてある。ゲート通過(2:00)すぐに砂利道の林道となるが車の轍はつづいてる。左には大きな坂折池がある。
014 その林道も終わり(2:16)さて、道はと?少し草があるが道らしき跡は続いている。木があるので道跡は下草があまりなく山歩きをしている者ならドンドンだ。峠あたりも草はなく、落ち葉が積もり歩くのに苦労しない。それと赤テープがところどころにあり、道に迷わな
い。


016
峠に2:28着。峠といってもここで上りが終わり、下って行ってるとわかるだけである。下りの道はわかりやすく歩きやすい。みなさん迷ったとか、ゴルフ場に出たとか?どこをどう進んだのだろう?山道も終わって少し広くなってくると・・・・・・・・

019ゲート
そしてこちら側にもゲートが現れる。(2:38)ゲートは紐でくくってあり、ほどいて通り、またくくっておく。少し歩くと田んぼも見え始め民家も近い。2:41国道2号線にでる。国道を横断して民家の間を進み、つきあたりを左にと旧道を行く。

続きはパート2へ 
ココログ(niftyのブログ)は写真を入れたり、文章を入れたりしていると、アップすると乱れてしまいます。何回やっても直りません。ご了承ください。

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2009/05/09 山陽道  青山~相生 晴れ

3カ月ぶりに西国街道歩きにやってくる。朝、家を出るのが遅くなり、JR姫路駅に着いたのが11時18分で、バスで宇野津医院前に着いたのが12時だ。歩きだし、青山三丁目あたりから左に入り、500mで左に公園がありお地蔵さんが祀られている。ここを左に曲がり青山(山田)峠へと上り、下れば山田集落にでる。集落の中ほどの民家の軒先には「明治天皇山田御小休所」の碑がある。山田を過ぎ、2号線と合流して700m進むと右に少し広い道で霊園に行く道があり、そのところに昭和の年号の「南無妙法蓮華経」の碑があります。そこの横から旧道があります。400m進むと左には「桜井乃水」の標識があり、竹やぶの中に井戸がある。そこから1500mほどでまた、国道と合流し、1km国道を行く。
Photo
桜井乃水      

2

山田峠 Photo_2

明治天皇山田御小休所

国道沿いには商業施設が多い。1kmでまた、左へと旧道が続く。西本町あたり左には小高い立岡山がある。このあたりが旧宿場の鵤であるが、今は普通の町並みだ。これと言って古い建物があるわけでもない。斑鳩寺への参道の常夜灯が角に建っています。1842年の銘があり、土台石に「石工 大坂 西横」まで読めます。たぶん西横堀だろう。あとは埋まっていて読めません。その後、林田川に突き当たり、国道の誉鳩橋に迂回して渡る。 対岸の道を行く。ここからはたつの市になる。500mほど行くと右に「庄屋彌右衛門翁彰功碑」が建っています。そこから400mで揖保町門前の乗願寺前で西国街道は左に折れ曲がり進みます。山陽新幹線が近づいてくる。しばらく進むと山陽本線の踏切の横で街道は昭和高分子の工場に突き当たって途切れる。右の国道まで出て、揖保川の揖保川大橋を渡り、対岸に行く。かっては「正條の渡し」と呼ばれた渡し場だ。もと宿場の正條の中ほどに本陣跡井口家があり、「明治天皇御駐輦跡」と「明治天皇正條行在所」の碑があります。このあたりに来ると少しは昔の宿場のたたずまいを感じる。500mほどでJR竜野駅前に出る。竜野の銘産、醤油の工場もあり、匂いが漂ってくる。駅前から少し行くと道幅が少し広くなる。500mで広い道より左の山際の狭い道が西国街道となる。200mほどで旧片島宿だが、民家がとぎれとぎれあるだけの田舎道だ。民家が途切れたあたりに西池があるが一部埋め立てられ、近くの山が削られて道路が造られている。相生市に入る。少しで二股道を左に行き、山陽新幹線をくぐり進む。左には若宮神社があり、少し行くと、郵便局前を通り、2車線の道路を渡り、700m進み、2車線の道路に合流し、相野産業前で右に入り進む。350mでまた、広い道路を横切る。みぎにだ少し大きな花屋がある。200mほど行くと相生市駅近くなり、再開発したのだろうか急に道幅も広くなり、新しい家並みになる。相生駅周辺が整備されて新しくなっています。大きなビジネスホテルもできている。しかし、駅周辺は人通りも少ない。まあ、新幹線も停車するんでがんばったんだろう。街道も変わっただろう。陸本町の三叉路から分岐する赤穂街道の道標も少し移転したようだ。今日はここまで。(16:00)

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09/04/19水都大阪100kmウルトラマラニック試走

19日はウルトラマラニックの試走で38kmほどをコース確認、エイド確認してきました。朝9時豊里大橋南側集合。鳥飼大橋、仁和寺大橋、淀川新橋、枚方大橋、折り返して豊里大橋から毛馬大川沿いを桜ノ宮川崎橋へ。今ちょうど造幣局の通り抜けが行われているためスゴイ人出だ。対岸側は出店もありスゴイ。川崎橋から京橋口、そして大阪城公園に入ってゴール地点まで。天気も良くというか、今日は27度ほどあり、暑かった。完全防備してた女性もいたが、自分は何もしてなくて半袖で真っ赤になった。その後、お風呂に行き、いつものコース???宴会。

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2009/2月7日山陽道 曽根~青山

久しぶりに西国街道を歩く。去年の9月以来だ。JR曽根からの再開だけど、姫路辺りまで来ると交通費も往復で3000円ぐらいになる。11時前から歩きだす。駅前からは北方向に道は曲り、国道の少し手前の小道となり、道なりで国道を渡る。代り映えのしない田畑と民家の道を行く。700mで高砂市に入る。北宿には六騎塚という「備後守児嶋君墓」と銘した碑がある。160年ほど経っているわりには立派な碑である。
Dsc014792

六騎塚
「備後守児嶋君墓」

別所に入ると右側奥のほうに鳥居が見え、日吉神社がある。300mで国道2号線を歩道橋で渡る。道なりに進んで、播但道の下を抜けて,御着集落に入る。御子から集落が多くなり、右には大きな寺、延命寺が建つ。境内には上部が破損した碑があり、1345年の銘がある。門前には「明治天皇御着小休所」の碑が建つ。街道から離れて国道沿いにあった御着城跡へ行く。今は、姫路市の出張所のお城風の建物が立ち、公園にもなっています。建物の裏にたもと天川に架かっていた石Dsc014842 橋(1828年)が移転されている。これだけ立派な石橋が昭和47年までは天川に架かっていたのは驚きだ。増水のため折損落下したそうだ。御着は加古川と姫路のあいの宿だったそうで本陣もあったようで、公会堂のところにあったようです。
今はコンクリートとなっている天川の橋を渡り、国道312号を横断して進む。500mでJRと山陽新幹線を越え、1kmほどで市川の堤防に突き当たります。左の山裾には大きな「為溺死菩提」と刻まれた溺死者供養碑や「南無妙・・・」の題目碑など3つの碑がある。堤防沿いに北に進んで2号線の市川橋を渡ります。渡って北西に向かう道を行くと312号線、そこらあたりから区画整理やらで街道ははっきりしない。城下町のこともあり、まあ道はあちこちあっただろう。東光中学の前には案内板があり、ここが京口門跡とされている。その後、372号線を南に500mほどで右に曲がり進む。姫路の繁華街に入っていくとアーケード街になり、大手前通りに出る。ここからは姫路城がよく見える。横断してアーケードを進む。商店街においしそうなタイ焼き屋さんがあったので(100円)歩きながら食べた。寒い時でもあってとてもオイシイ。300mほどで船場川を渡り、突き当たりを右、そしてすぐに左に進むと本徳寺という大きな寺の前に出ます。本徳寺まえを北に進み2号線を横断する。50mで三叉路になり、左へと街道は行きます。このあたりからは古い町並みが残っています。500mほど行くと更地になっている赤十字病院前を左へと道なりに進む。広い道のトンネル前に出て、横断してから今宿に入る。2kmほどでまた2号線と合流します。途中、中ほど右30m奥には今宿の題目碑がある。合流し、250mでJR姫新線を高架で越える。高架あたりは工事中であった。少し進むと下手野でまた右に旧道へ入る。
Dsc014892 700mほどで
旧道は夢前川に出ます。左の民家横には大きな常夜灯が建つ。2号線の夢前橋を渡り、旧道の対岸からはまた、旧道が続きます。700mほどでまた、2号線に合流します。
2号線を少し歩宇津野病院前のバス停の時刻表を見ると、JR姫路駅行きは少なく、あと17分で来るのを乗り過ごすと、また1時間以上あいだがあくので3:47ので姫路まで戻ることにする。
さて、次はいつになるやら・・・・。

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2009/3月22日東京マラソン

去年申し込んで抽選に当たり、初参加の東京マラソンだ。ひげこいさんにJR東海ツアーヅで予約してもらい、前日の21日、私は新大阪から、彼は米原からひかりに乗ってGO!グリーン車だよ~ん。東京に着き、ナミオちゃんと合流し、そのあしで京葉線とりんかい線で国際展示場へ。東京ビックサイトでランナー受付する。会場に出展しているところをで巡り、いろいろと品物をゲット。2~3時間があっと過ぎ、6時から開催の宴会のために蒲田に向かう。その後、宿の五反田のルートイン五反田に向かうが不慣れな土地ながら迷う。当日、6時に起きて、昨日用意してもらったおにぎりを2つ食べて、6時30分出発。駅に向かう途中に埼玉から来てるランナーの人とJRで新宿に行き、会場に向かう。7時ごろには着いたが、9時10分までは長いが、着替えて、荷物を預け、整列場所に8時20分頃並ぶ。8時45分になると列がつまり、都庁前南の交差点でスタートを待つ。スタート地点までは3~400mぐらいだ。9時10分スタ-ト!目の前の大型スクリーンで石原都知事がスタートのピストルの引き金を引いた。
スタート地点まで約8分、本物の都知事の前を走りぬける。
スタートから最初のトイレはすごく混んでいる。みんな同じだが整列してから時間がたつのでトイレがしたくなってくる。男どもはあろうことか、新宿だったかガード下で50~60人がタチションだ。私はちゃんとトイレで用を足しました。
靖国通りを走り、防衛省前では陸自の音楽隊の演奏など、あちらこちらで演奏、太鼓、民舞、ダンスとさまざまなイベントが行われ、東京のすごさを感じる。12kmぐらいで15kmを折り返してきたトップランナーやそのあとの小柄な目立ってた猫ひろしを見る。東京タワーが見える前で写真を撮ってもらい、品川で折り返して、21kmあたりで銀座に入り、25kmあたりでとうとう、雨がぽつぽつと降ってきた。28kmに近づくと浅草の雷門が見えてきた。ここでも写真を撮ってもらい、折り返して銀座、歌舞伎町辺りに来る。このへんでサーモンPちゃんの私設エードがあるはずなのだが、見つけることが出来なかった。ゴメン!
あと、9kmほどだが、小雨で体が冷えてくる。そして、佃大橋やらで上りになる。しんどい!ここが月島。前の前のNHKの朝ドラのところだ。晴海橋、東雲橋、あと3km。最後の上がりを過ぎて、やっとゴールだ。ビッグサイト。ゴールで20kmあたりを折り返しで反対を歩いてたツレのランナーが迎えてくれていた。アレ~、バスに収容されたそうだ。寒くて爪が紫色になってるぅ~。完走メダルをいただき、感激だ。
こんな素晴らしい大会に参加できたよかった。大阪にもこのようなマラソンの大会がで行われるといいのだが。新聞の記事には2011年に大阪でもと今年から予算がついたとかいうことだが。さてさて、どうなるか楽しみだ。
それでは、また。


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«2009/2月1日木津川マラソン